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古楽亭日乗

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La speranza e l'ultima a morire

しばらく更新してないので、さあ書くぞ!と思ったものの、そんなに面白いことばかりの毎日でもないので、また去年の話でも。書くことで過去を乗り越えます。

8月ドイツでの大騒ぎは、前にも書いた通り。しかし、その一ヶ月前にもイタリアでもう一つの大騒ぎがあったのです。これもまた不可抗力によるものではありません、、、、要するに自業自得(特に3人に関しては)。

2005年7月23日、リクレアツィオン・ダルカディア初の海外ツアー(ツアー自体初めてですが)をイタリアはUrbino音楽祭で終えた、私達4人。演奏会は想像以上に盛り上がり、去年のコンサートの中でももっとも印象に残ったものと言えるかもしれません。しかし!その後に落とし穴が待っていた、、、、、

夜11時ごろ演奏会は終演。楽屋には聴衆がつめかけ、なかなか後片付けも進まない中、ヴァイオリンの幸恵ちゃんは翌日朝の便で日本へ帰国するために、超特急でウルビーノを出発しなければいけませんでした。それも、イタリアの中部東端のウルビーノから、北部ベルガモ空港までの夜を徹してのドライブ。便は、朝8時発。そのプラン自体がincredibileなものであると言えなくもないですが、マネージャーのフランチェスカの奮闘によって、それは可能なはず、でした。

「急いで!」とせかされる中、他の3人は幸恵ちゃんとしばしの別れ。「気をつけてね~」と言葉を交わした後、残った3人は、音楽祭のスタッフとウルビーノの美味しい料理に舌鼓を打ったのでした。

残った3人、わたなべ、松永、私は次の日の夜19時40分の便で、同様にベルガモからアムステルダムに戻る予定となっていました。そのため、次の日は、ウルビーノをプチ観光。城内の美術館をのんびりと見て周り、音楽祭の楽器展示をのぞいて、お昼はヴァイオリニストのエンリコ・ガッティと待ち合わせ、ランチをすることになっていました。エンリコは、日本にも数度来日しているのでご存知の方もいるでしょうが、コレッリやイタリア初期のヴァイオリン作品に高い見識と音楽性を見せる有名バロック・ヴァイオリニスト。音楽祭の講師として来ている彼は、私達のコンサートを聴きにきてくれて、ランチに誘ってくれた、というわけです。北イタリア人特有の穏やかさを持ったエンリコとのランチはとても楽しいもので、すっかり時間を忘れて私達は話に没頭してました。

そして、そのころ、ベルガモを発ったはずの幸恵ちゃんはなぜかミラノにいました。早朝6時にベルガモに車で到着した幸恵ちゃんはフランチェスカと別れ、チェックインカウンターに。しかし、なんと予約した便は欠航。午後にアムステルダムで日本行きに乗り換えるはずが、その計画はガラガラと音を立てて崩れていったのでした(たぶんそうだったと思う)。キャンセル待ちの便はその日の夜。日本行きの便に間に合うはずもありません。突然見ず知らずの地で一人投げ出されてしまった彼女は、様々なすったもんだの挙句、そこでミラノに向うという英断をしたのです。さあ、どうなる幸恵!

再び、ウルビーノ。レストランでのんびりとランチは続いています。
ふと気づくと、時計の針は2時半。そろそろ行かないとまずいんじゃないかな、と言うと、なべさんは「あ~、なんとかなるよ。」(コレはいつものこと)。渡邊氏の「なんとかなるよ」の意味は「だめかもしれない」ということだと知ったのは、もう少し後のことでした。エンリコに「実は僕達は今日7時半くらいにベルガモを発つんだよ」と言った瞬間のエンリコの顔は忘れることができません。「えっ、、、、、、(時計に目をやる)、、、、、、、、だ、だいじょうぶ、、、?」
心配したエンリコは、すぐに店のウェイターを呼び、タクシーを手配。半ばあきれた様子で「音楽祭のスタッフは毎日スケジュールにうるさいから、君達のようなリラックスピープルは好きだよ!」と褒めてくれました!あははははは、、、、

2時45分ごろウルビーノを発ち、もっとも近い(といっても車で30分くらい)ペーザロというロッシーニの故郷である最寄駅まで、タクシーで急行。3時10分過ぎの電車が少々遅れていたため、ダッシュで駆け込み乗車。これでようやく安心かと思いきや。そこはイタリア国鉄。思い通りに行くはずがありません。順調に行けば6時前にはミラノに着くはずが、到着は30分以上の遅れ予定。ミラノに6時につかなければ、ベルガモ19時チェックインは不可能です。どうしたら間に合うかと綾子さんと電車の中で悩んだ挙句(この間なべさんは熟睡)、一つ手前の駅で降りて、タクシーでベルガモに向う、というイチカバチカの賭けにでました。混雑する車両を楽器と荷物を抱えて通り抜け、ばたばたと駅を降りるとタクシーがいない、、、!しかし、なんと申し合わせたように駅前にはベルガモの空港行のリムジンバスが!一縷の望みをかけて、バスに乗ると、乗客は私達3人のみ。貸切状態となった私達は、運転手に「7時までに着きたいからお願い!!!」と懇願。「よし、オレッチに任せろ!ダテに25年ハンドルは握ってねえぜ!」とは言いませんでしたが、ものすごいスピードで空港に向ってくれたのです!

普段50分はかかる道のりを40分弱で到着。運転手に熱いお礼を述べて、一目散にチェックインカウンターへ。その時点で19時1,2分。チェックインは出発40分前まで、19時まででしたがカウンターには行列があったため、まだチェックインは続いているものと思い、一安心。一連の騒動はハッピーエンドのように思った矢先でした。カウンター上部のテレビ画面がパッ、と消え、どうも様子がおかしい。おそるおそるカウンターで係員に問いかけると「もう終わりました」。

ガーーーーーーーーーーーーーン(クラスター音)

その日の便はもうなく、なべ&マツは次の日の便を予約。私は別に急ぐこともないので、電車でのんびりと世界の車窓からモードで帰ることにしたのでした、、、、

幸恵ちゃんはというと、ミラノ最大の空港マルペンサで日本直行の便を新たに購入という大胆な解決策でなんとか日本に。超格安便でシビアな乗り換えをするのは本当に危険だ、という教訓でした。。

予想外の一泊の後、なべ&マツはベルガモ空港へ。私はミラノ駅まで。
しかし私の受難はそこで終わらず、40分近く行列した後の駅カウンターでは「もう今日の切符はない」と言われ、旅行相談所では「あ~、明日はストだから帰れるのは明後日だよ~」と言われ、予想を超えたミラノ泊。ツアー後の疲労もピークに達し、観光どころではありませんでしたが、最後の力を振り絞り、ドゥオーモだけは見てきました。次の日はいい加減あきらめて、飛行機で帰路。

エンリコとの楽しいランチがほんの30分ほど長かったために、フライトを逃したばかりか、2日もの延泊。30分が48時間になるという、わらしべ長者のようなお話でした。

時間は大切にね!
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by takashikaketa | 2006-04-25 02:03 | Diario 記録 | Comments(2)

チェリスト 懸田貴嗣の備忘録


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