古楽亭日乗

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イタリア・ビザ取得メモ

就学ビザ 申請に必要な書類

非常に度々必要な書類内容が変更されます。これからビザを申請する方は、イタリア大使館または領事館に詳細をお問い合わせ下さい。私の場合、発給までは一週間ほどでしたが、予定よりなるべく早めに申請手続きを行うことをおすすめします。

以下は、2006年9月28日現在の情報です。

1)パスポート本券、パスポート内の写真が張ってあるページのコピー
 日本再入国予定日から3ヶ月以上の有効期限が残っていること
2)パスポートサイズの写真を貼付けした就学ビザ申請書
3)入学許可証
 ※入学許可証には、月間最低80時間の授業時間が必要で、この授業時間は入学許可証に記載されていないといけない。
 ※入学許可証は、学校のレターヘッドの入った用箋で発行されたもので、それを発行した者の判読可能な署名があるものでないといけない。
4)入学する学校(私立学校の場合)がイタリア政府の公認校であることを証明する書類。そのような公式記録がない場合は、商工会議所もしくはStatuto della Scuolaへの登録証明書を提出してもよい。
5)講座全期間分の授業料支払済み領収証
6)滞在期間中、十分生活し得る銀行残高証明書(英文)
7)奨学生は奨学金を支給される旨の証明書。
8)ビザ有効期限の1000万円以上の保険・医療・入院費用をカバーする、保険会社の保険証。伊文か英文。
9)住民票
10)イタリアでの宿舎の証明。(大家さんの身分証明書のコピーを含む)

以上の2)以外の書類に関して、すべて原本とコピーを用意すること。
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私の場合は、奨学金によって授業料と宿舎が提供されていたため、10)の証明に関してはさほどの苦労はありませんでしたが、初めて留学する人は一体どうするんでしょう!?
家探しに一回イタリアに行って来いっていうことなんでしょうか?

ここ2,3ヶ月の間で保険と宿舎に関する要求が変更になったりと本当にいつ、なにが起こるか分かりません。とにかく昨今のイタリアは、不法就労問題のあおりか、外国人の滞在許可に関して、非常に厳しくなっているようです。大使館の方の話では、特にフィレンツェが厳しく、滞在の延長がほぼ認められない、と言われている、ということでした。本当に!?

ビザを取得した後、イタリア入りしてから8日以内に所轄警察署に届出し、滞在許可書の申請をすることになります。
※ビザと滞在許可書は違うものなのです!
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# by takashikaketa | 2006-09-29 01:21 | Diario 記録 | Comments(1)

秋のお知らせ

10月からミラノに引っ越します。
しかし、、、、、、2週間ほどで一時帰国。

オーケストラ・リベラ・クラシカ第16回定期公演
10月17日(土) 14:30 東京 浜離宮朝日ホール

W.A.モーツァルト/ 交響曲第33番変ロ長調K.319
ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466 ファルテピアノ独奏:スタンリー・ホーホランド
J.ハイドン/交響曲第73番ニ長調「狩」


8.November 2006, 21h, Modena (Italia) Chiesa di San Carlo
 Trio Ricreation d'Arcadia
 (Ayako Matsunaga, Takashi Kaketa, Takashi Watanabe)

11月は、また北ドイツ・Nordenでコンサートです。

11.November 2006, 17h, Norden/Ostfriesland, reformierte Kirche, Ensemble Ricreation d'Arcadia, neapolitanische Barockmusik

12.November 2006, 17h, Norden/Ostfriesland, Ulrichsgymnasium, Ensemble Ricreation d'Arcadia, neapolitanische Barockmusik
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# by takashikaketa | 2006-09-29 00:48 | Concerti コンサート | Comments(0)

ドイツツアー&ジェネシス&関さば

8月はドイツで、11回のコンサートツアーでした。
突然決まった一日2回のコンサートなどもあり、なかなか厳しいときもありましたが、
無事帰ってきました。

16th August: Norden
18th August: Norderney
19th August: Hinte
20th August: Dermbach
23th August: Bad Liebenstein
24th August: Ettischleben
25th August: Neustadt
26th August: Fraureuth
27th August: Eisenberg & Neustadt
30th August: Jena

初日Nordenでは、突然の鈴木雅明夫妻の来訪をうけ、びっくり。(次の日に近くで
オルガンコンサートがあったそうな)
雅明さんは、サプライズをさせたことで大変に満足していらっしゃいました。いつかサプライズ返ししたいと思います。
この教会には、シュニットガー作の「北ドイツ一のオルガン(雅明氏談)」があり、
大変印象にのこるコンサートになりました。
休日には、Wurzburgまで足を伸ばして、観光。素晴らしいお城と庭園に心奪われました。
Neustadtに行く途中では、Sonderhausenという町で、本当に偶然お城に寄っていこうということになったところ、そこはカール・シュレーダー音楽院があり、チェリストには非常に興味深い場所だったのでした。(シュレーダーは、ライプツィヒで活躍したチェリストで、有名な教本を編纂したチェリストには馴染み深い音楽家)。こういう偶然は旅の醍醐味です。
Jenaでは、フリードリヒ・シラーが洗礼を受けたという町一番の大きな教会でのコンサート。4人のアンサンブルには少々大きすぎる規模でしたが、美しい響きは演奏者にとってほれぼれするものでした!

(後記)教則本編纂で私が有名と思っていたのは、その息子、Alwinのほうでした。
お父さんのカールのほうも、ベルリンでも教鞭をとった有名なチェリストです。

そして、帰国後時差ぼけする間もなく、9月7日は代々木・ハクジュホールでアンサンブル・ジェネシス。

メンデルスゾーン 「真夏の夜の夢」序曲 (ジェネシス版)
ベルリオーズ 「夏の夜」
武満徹 「ソン・カリグラフィ III」
ヴィヴァルディ 「四季」より「夏」
モーツァルト セレナータ・ノットゥルナ
新垣隆 「夏の庭」
ピアソラ 「ブエノスアイレスの夏」

初めてモダン・オリジナルの2台の楽器を使い分けるコンサートを体験しましたが、
一番大変なのは、2台の楽器を持ち運ぶことでした!!!impossible!!!
ご来場いただいたみなさまありがとうございました。

来週は福岡古楽祭で、オール・モーツァルト。

9月15日(金)18時30分開演 アクロス福岡シンフォニーホール

交響曲第35番「ハフナー」から第1楽章 K385
ミサ曲 ハ短調から「キリエ」
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K364
アヴェ・ヴェルム・コルプス
ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K595
交響曲第35番「ハフナー」から第2・3・4楽章

東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ
指揮:有田正広  コンサート・マスター:寺神戸亮
ソリスト 野々下由香里(ソプラノ)、ピート・クイケン(フォルテピアノ)
     寺神戸亮(ヴァイオリン)。パヴロ・ベズノズィウク(ヴィオラ)
合唱:福岡祝祭合唱団
総合司会:朝岡 聡

関さば、関あじが楽しみです!
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# by takashikaketa | 2006-09-08 14:56 | Concerti コンサート | Comments(0)

8月ドイツツアー チェロ・ソナタリスト

8月のドイツツアー中に演奏する予定のチェロ・ソナタを忘れないように書いておきます。

Boccherini Sonata G.15 Do maggiore

Geminiani Sonata op.5-5 La minore

Telemann Sonata Re maggiore

Barriere Sonatas

Canavas Sonata Re maggiore

Lanzetti Sonata op.1-12 Re maggiore

Bach Suite No.4 Es-dur から Prelude+α
        No.3 C-dur から Prelude+α

Vivaldi Sonata Sol minore
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# by takashikaketa | 2006-08-01 23:07 | Concerti コンサート | Comments(1)

Lanzetti, Salvatore

Lanzetti, Salvatore

(b Naples, c1710; d Turin, c1780). Italian cellist and composer. He studied at the Naples Conservatorio di S Maria di Loreto. For a short time he was a member of the court chapel in Lucca and in 1727 entered the service of Vittorio Amedeo II in Turin, a post he retained despite numerous tours in northern Europe. By the second half of the 1730s he was in Paris and then London, where he seems to have lived until at least 1754. He had great success there and, according to Burney, helped to establish a taste for the cello. In May 1751 he gave concerts in Frankfurt. He returned to Italy about 1760 and rejoined the royal chapel in Turin, of which he probably remained a member until his death.

Lanzetti was one of the most innovative cellists of his era, advancing many aspects of cello technique. His own virtuosity is evident in his solo compositions through the intricacy of bowings, dynamic contrasts and note range. The tessitura of the cello was extended to b'' in his Sonatas op.1, while his proficiency with slurred staccato bowings was testified to by Corrette, who credited him with bringing such techniques to cello performance. The notated fingerings of his exercises are of particular interest and show consistency with the fingering patterns demonstrated by Corrette. Lanzetti used diatonic fingerings for half, first and second positions, but compressed third and fourth positions as a means of circumscribing the neck joint. His use of thumb position was fluent, with inclusion of the fourth finger a salient feature.

The cellist and composer Domenico Lanzetti was perhaps related to Salvatore. Two of his cello sonatas and five concertos are extant (D-Bsb). Six concertos, mentioned by Eitner, were formerly in the same library.

WORKS
12 sonate, vc, bc, op.1 (Amsterdam, 1736/R in ECCS, vii);
6 Solos, 2 vc, bc (hpd) (London, 1740; 2/c1745 as 6 Solos. 2 vc/fl, b, op.2, in a different order);
6 Solos, 2 vc/fl, b (London, c1745) [same title-page as op.2, different contents];
6 Solos after an Easy & Elegant Taste, vc, bc (hpd) (London, c1760/R in ECCS, vii);
Sonates, vc, bc, op.5 (Paris, n.d.), F-Pn;
Sonates, vc, bc, op.6 (Paris, n.d.), F-Pn;
Sonata intitolata Porto Maone, vc, va, vn, b, D-Bsb [vn, b pts. only]
"Pièces pour le Violoncelle de Mr Lancetti".Paris.
Pedagogical: Principes ou l’application de violoncelle par tous les tons (Amsterdam, before 1770)

(1/2009 added)
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# by takashikaketa | 2006-07-12 08:13 | Documento 資料 | Comments(1)

La speranza e l'ultima a morire

しばらく更新してないので、さあ書くぞ!と思ったものの、そんなに面白いことばかりの毎日でもないので、また去年の話でも。書くことで過去を乗り越えます。

8月ドイツでの大騒ぎは、前にも書いた通り。しかし、その一ヶ月前にもイタリアでもう一つの大騒ぎがあったのです。これもまた不可抗力によるものではありません、、、、要するに自業自得(特に3人に関しては)。

2005年7月23日、リクレアツィオン・ダルカディア初の海外ツアー(ツアー自体初めてですが)をイタリアはUrbino音楽祭で終えた、私達4人。演奏会は想像以上に盛り上がり、去年のコンサートの中でももっとも印象に残ったものと言えるかもしれません。しかし!その後に落とし穴が待っていた、、、、、

夜11時ごろ演奏会は終演。楽屋には聴衆がつめかけ、なかなか後片付けも進まない中、ヴァイオリンの幸恵ちゃんは翌日朝の便で日本へ帰国するために、超特急でウルビーノを出発しなければいけませんでした。それも、イタリアの中部東端のウルビーノから、北部ベルガモ空港までの夜を徹してのドライブ。便は、朝8時発。そのプラン自体がincredibileなものであると言えなくもないですが、マネージャーのフランチェスカの奮闘によって、それは可能なはず、でした。

「急いで!」とせかされる中、他の3人は幸恵ちゃんとしばしの別れ。「気をつけてね~」と言葉を交わした後、残った3人は、音楽祭のスタッフとウルビーノの美味しい料理に舌鼓を打ったのでした。

残った3人、わたなべ、松永、私は次の日の夜19時40分の便で、同様にベルガモからアムステルダムに戻る予定となっていました。そのため、次の日は、ウルビーノをプチ観光。城内の美術館をのんびりと見て周り、音楽祭の楽器展示をのぞいて、お昼はヴァイオリニストのエンリコ・ガッティと待ち合わせ、ランチをすることになっていました。エンリコは、日本にも数度来日しているのでご存知の方もいるでしょうが、コレッリやイタリア初期のヴァイオリン作品に高い見識と音楽性を見せる有名バロック・ヴァイオリニスト。音楽祭の講師として来ている彼は、私達のコンサートを聴きにきてくれて、ランチに誘ってくれた、というわけです。北イタリア人特有の穏やかさを持ったエンリコとのランチはとても楽しいもので、すっかり時間を忘れて私達は話に没頭してました。

そして、そのころ、ベルガモを発ったはずの幸恵ちゃんはなぜかミラノにいました。早朝6時にベルガモに車で到着した幸恵ちゃんはフランチェスカと別れ、チェックインカウンターに。しかし、なんと予約した便は欠航。午後にアムステルダムで日本行きに乗り換えるはずが、その計画はガラガラと音を立てて崩れていったのでした(たぶんそうだったと思う)。キャンセル待ちの便はその日の夜。日本行きの便に間に合うはずもありません。突然見ず知らずの地で一人投げ出されてしまった彼女は、様々なすったもんだの挙句、そこでミラノに向うという英断をしたのです。さあ、どうなる幸恵!

再び、ウルビーノ。レストランでのんびりとランチは続いています。
ふと気づくと、時計の針は2時半。そろそろ行かないとまずいんじゃないかな、と言うと、なべさんは「あ~、なんとかなるよ。」(コレはいつものこと)。渡邊氏の「なんとかなるよ」の意味は「だめかもしれない」ということだと知ったのは、もう少し後のことでした。エンリコに「実は僕達は今日7時半くらいにベルガモを発つんだよ」と言った瞬間のエンリコの顔は忘れることができません。「えっ、、、、、、(時計に目をやる)、、、、、、、、だ、だいじょうぶ、、、?」
心配したエンリコは、すぐに店のウェイターを呼び、タクシーを手配。半ばあきれた様子で「音楽祭のスタッフは毎日スケジュールにうるさいから、君達のようなリラックスピープルは好きだよ!」と褒めてくれました!あははははは、、、、

2時45分ごろウルビーノを発ち、もっとも近い(といっても車で30分くらい)ペーザロというロッシーニの故郷である最寄駅まで、タクシーで急行。3時10分過ぎの電車が少々遅れていたため、ダッシュで駆け込み乗車。これでようやく安心かと思いきや。そこはイタリア国鉄。思い通りに行くはずがありません。順調に行けば6時前にはミラノに着くはずが、到着は30分以上の遅れ予定。ミラノに6時につかなければ、ベルガモ19時チェックインは不可能です。どうしたら間に合うかと綾子さんと電車の中で悩んだ挙句(この間なべさんは熟睡)、一つ手前の駅で降りて、タクシーでベルガモに向う、というイチカバチカの賭けにでました。混雑する車両を楽器と荷物を抱えて通り抜け、ばたばたと駅を降りるとタクシーがいない、、、!しかし、なんと申し合わせたように駅前にはベルガモの空港行のリムジンバスが!一縷の望みをかけて、バスに乗ると、乗客は私達3人のみ。貸切状態となった私達は、運転手に「7時までに着きたいからお願い!!!」と懇願。「よし、オレッチに任せろ!ダテに25年ハンドルは握ってねえぜ!」とは言いませんでしたが、ものすごいスピードで空港に向ってくれたのです!

普段50分はかかる道のりを40分弱で到着。運転手に熱いお礼を述べて、一目散にチェックインカウンターへ。その時点で19時1,2分。チェックインは出発40分前まで、19時まででしたがカウンターには行列があったため、まだチェックインは続いているものと思い、一安心。一連の騒動はハッピーエンドのように思った矢先でした。カウンター上部のテレビ画面がパッ、と消え、どうも様子がおかしい。おそるおそるカウンターで係員に問いかけると「もう終わりました」。

ガーーーーーーーーーーーーーン(クラスター音)

その日の便はもうなく、なべ&マツは次の日の便を予約。私は別に急ぐこともないので、電車でのんびりと世界の車窓からモードで帰ることにしたのでした、、、、

幸恵ちゃんはというと、ミラノ最大の空港マルペンサで日本直行の便を新たに購入という大胆な解決策でなんとか日本に。超格安便でシビアな乗り換えをするのは本当に危険だ、という教訓でした。。

予想外の一泊の後、なべ&マツはベルガモ空港へ。私はミラノ駅まで。
しかし私の受難はそこで終わらず、40分近く行列した後の駅カウンターでは「もう今日の切符はない」と言われ、旅行相談所では「あ~、明日はストだから帰れるのは明後日だよ~」と言われ、予想を超えたミラノ泊。ツアー後の疲労もピークに達し、観光どころではありませんでしたが、最後の力を振り絞り、ドゥオーモだけは見てきました。次の日はいい加減あきらめて、飛行機で帰路。

エンリコとの楽しいランチがほんの30分ほど長かったために、フライトを逃したばかりか、2日もの延泊。30分が48時間になるという、わらしべ長者のようなお話でした。

時間は大切にね!
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# by takashikaketa | 2006-04-25 02:03 | Diario 記録 | Comments(2)

la production francaise 1726-1770

フランスで出版された主なチェロ作品表(1726~1770)
cocert spirituelの項でも書きましたが、この時期はフランスにおけるチェロの勃興期であり、ここに挙げられている作品は、フランス・チェロ音楽の最初期のものです。

SONATES
1729  Bodin de Boismortier op.26
1733  Barriere, Livre Ⅰ
1734  Bodin de Boismortier op.50
1733-37 Barriere, Livre Ⅱ
1738  Corrette: delices de la solitude.
1739  Barriere, Livre Ⅲ
1742  Barriere, Livre Ⅳ
1749  Patouart op.1
1751  Giraud op.1
1758  Graziani
1760  Patouart op.2
1765 L.Janson op.1
 ?  J.B.Nochez op.1
1766 J.P.Duport op.1
1768 J.Ray op.1
     L.Janson op.2
1770 Tilliere op.1
 ?  Lepin op.1

DUOS
1726  Bodin de Boismortier op.14
1732  Bodin de Boismortier op.40
1737  Bodin de Boismortier op.66
     Thomas / Guignon / Masse : Menuets
1738  Masse Livre Ⅰ
1739  Masse Livre Ⅱ
1740  Masse Livre Ⅲ
1741  Masse Livre Ⅳ
?    Blainville Livre Ⅱ
1751  Anonymes: Gentils airs ou airs connus
175?  Masse Livre Ⅴ / Thomas
1761 Cupis: recuel / d'airs choisis
1769 J.Lay op.2
     L.Janson op.1 des duos

CONCERTOS
1729  Bodin de Boismortier fin de l'op.26
1737  Corrette: le Phenix (4Vc)
1760  Antheaume, concertos en trio

METHODES
1740  Hubert le Blanc (Pamphlet)
1741  Corrette Methodes
1764  Tilliere

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出典
S.Milliot Le violoncelle en france au VXIIIeme ciecle
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# by takashikaketa | 2006-03-27 20:48 | Documento 資料 | Comments(2)

目白バ・ロック音楽祭

ちょっと先ですが、演奏会のご案内です。チケットは発売開始したようです。去年から始まった目白での古楽音楽祭。今年は、オーストリア・バロックの専門家レツボールさんが来日、私達と共演してくださいます。

レツボールさんの録音した、ビーバー、ムファット、シュメルツァーなどの演奏は以前から親しんでいたもので、ムファットなどは彼の演奏によって、その魅力に目覚めたと言っても過言ではありません。とても楽しみにしています。

音楽祭のブログもあります。(チケット申し込みフォームあり)
http://mejirobaro.exblog.jp/

それぞれのプログラムの魅力などについては、いずれ書いてみたいと思っています。

レツボールリクレアツィオン・ダルカディア 「慈愛の“聖人”ソナタの世界」
2006年6月3日(土) 18時 聖母病院チャペル
「カトリックのバッハ」アウフシュナイダー、魂をゆさぶる“癒し”の音楽。

グナール・レツボール(ヴァイオリン) 松永綾子(ヴァイオリン)
山口幸恵(ヴァイオリン&ヴィオラ)  懸田貴嗣(チェロ)
渡邊 孝(チェンバロ&オルガン)

MUSIK am DOM zu PASSAU 
B. A. アウフシュナイター《教会シンフォニアの協和する甘き弦の調べ》作品4 より
 Sonata S.Gregorii / Sonata S.Lucae
R.I. マイヤー
 Triosonate in d für 2 Violinen und B.c.
G.ムファット 「音楽の花束」より
 Sonata IV / Sonata in D-Dur für Violine und B.c. / Sonata V

指定:5000円  自由:3000円  学生:2000円

リクレアツィオン・ダルカディア 
「颯爽とラ・フォリア~イタリアン・トリオ・ソナタの愉しみ」

2006年6月9日(金) 19時 目白聖公会
巨匠レオンハルト絶賛の「イチオシ」アンサンブルによる「楽園の愉しみ」

松永綾子(ヴァイオリン) 山口幸恵(ヴァイオリン)
懸田貴嗣(チェロ)   渡邊 孝(チェンバロ)

A. コレッリ (1653-1713)
Sonata 12 (op.3 -12, A major) / Sonata 6 (op.3-6, G major)
F. A. ボンポルティ (1672-1749)
Sonata 8 (op.4-8, E-minor) / Aria Cromatica e Variata
P. A. ロカテッリ(1695-1764)
Sonata 4 (Op.8-4, C-major) / Sonata 8 (Op.8-8, D- major)
G. フレスコバルディ(1583-1643)
CapriccioⅡ sopra la sol fa mi re ut.
A. ヴィヴァルディ (1678-1741)
Sonata 12 “La Follia” (RV 63, op.1-12, d minor)

指定:4500円 自由:3000円 学生:2000円

問い合わせ:
アルケミスタ 03-3901-1573 http://www.alquimista-mr.com
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# by takashikaketa | 2006-03-25 11:07 | Concerti コンサート | Comments(0)

セーヌ川は天使の尻より出ず

 タイトルは、「セーヌ川の水には少々下痢を引き起こす作用がある」という、”十八世紀パリ生活誌 Le Tableau de Paris”(Mercier, 1782)からの言葉。お食事中の方、すいません。自慢ではないですが、私は胃腸が非常に弱い。そうすると主な活動地域のトイレ・マップを完全に把握しているということになります。またはどうすればトイレを見つけることができるか、というテクニックを自然と身に付けていくことになる。しかし、それは日本国内に限ってのこと。ヨーロッパではまったく私のトイレ発見テクニックが通じない。それこそ、セーヌ川の近くでピーコン!!!ピーコン!!!とおなかのカラータイマー(@ウルトラマン)状態になったときに近くのカフェに駆け込んだら、「うちは注文した客にしかトイレは貸さない」と冷酷な言葉、、、しかもあの辺りはカフェ一杯でも異様に高いのだ!あそこに公衆トイレがある、と教わると、数百メーターを全速力で走りぬけ、ようやく間に合った!というのは、まだ幸せなエピソードである。
 ハプニング続出のドイツツアー、一回目のコンサートのあった教会でのこと(ちなみにヴァイオリンを忘れたことが発覚したその日)。ここ数百年は変わることはなかっただろうと思われる質素な建物。リハーサルの後、私はトイレに行きたくなった。もちろんおなかの具合が少々よくなかったのだ。(前の晩に食べた、まずくて大きいピザのせいか、、、)牧師さんに、私は尋ねた。
「トイレはどこですか?」
牧師さんは笑顔で答える。「ありません。」
冗談と思った私はもう一度きく!「トイレはありませんか?」
牧師さん、満面の笑みを浮かべ、「ここにはありません。」
そして、聖なる教会の裏手の原っぱを指差し、
「誰も見てないから、あそこでしてくれば?」
「え”え”~~~~~~~~~~~!!!」(これは心の叫び)

神にすがらず、紙にすがった、というドイツ・トイレ事情の顛末でした。

お食事中の方、すいません。

 さて、マクラはその程度にして、先日のヴァイオリンの話の続き。

ヴァイオリンを忘れた事実に気づいた一行は、車の中で相談。選択肢はまず2つ。
その日と次の日は、コンサートがあるが、その後2日間はオフになる。
その間、

 1)渡邊孝がアムステルダムに電車で戻り、楽器を持ち帰る。
   アムス-ドイツ間の電車代は結構高い。もちろん自腹。
 2)3人で何事もなかったようにアムステルダムに車で戻り、楽器を持ち帰る。
   ガソリン代と唯一の運転手アンドレアスの疲労、推して知るべし。

どちらもコスト等考えるとあまりいい案ではありません。
そうすると、我らがアンドレアス、「ドイツで楽器を貸してくれる人を探すのは?」というアイディアを提案。彼が携帯電話で、友人等にかたっぱしから連絡、ツテをたどりたどって、ついにハレとカッセルの楽器屋さんに連絡がついたのです。距離的にはカッセルのほうが近いものの、ハレの楽器屋さんは、バロック・ヴァイオリンの在庫がかなりあり、人に貸し出すこともよくある、と想像だにしない理想的なご返答。「ハレに行くぞ!」と決まるまでにはそう時間がかかりませんでした。ちなみにハレは、ライプツィヒの北にあるヘンデル生誕の地。私達がいた中部ドイツからはかなりの距離(ドイツの地図をご覧ください)があったものの、オフの2日間、観光も兼ねて行く事になったのは、不幸中の幸いと言うべきか。
 その夜、綾子氏に連絡を入れると、さすがの彼女も驚いていました。周りの仕事仲間もかなりびっくりしていたようで、その事件はイタリアの仕事仲間の間でも有名になったようでした。(その後イタリアで、「あぁ!あなたがヴァイオリンを忘れた人?」と訊かれた。)
 いくらで楽器を借りることができるのか?という相場が全く分からないのでその点のみが不安でしたが、私達は、安心して2日間のコンサートを済ませ、ハレに向ったです。

 ハレの楽器屋さんに着くと、そこには10数台のバロック・ヴァイオリンが!それは日本では全く考えられないこと。さぁ、どれを借りるか!!、、、、、、、、、え、、、と、、、、誰が決めるの?というのは、奏者本人が来るのは、その次の日、弾く人がいないのにどうやってヴァイオリンを選ぶの!?

 リコーダー奏者 アンドレアス 「カケサンに任せる」
 チェンバロ奏者 渡邊孝 「まったく分からない」

とくれば、唯一の弦楽器奏者である私が弾かないわけがない。
f0058956_263652.jpg

最終的に私が選んだのは、18世紀末、Klotzファミリーのラベルがついている(偽装?)楽器。一週間の借用代24ユーロなり。(安い!)

次の日やってきた綾子氏は、その楽器を弾いて、とっても良い!と喜んでくれた、というのも不幸中の幸い。結果的には喜びのうちに騒動は幕を閉じたのでした!

そのときのコンサートツアーを報じたドイツの新聞。このヴァイオリンがそうです。
f0058956_3553630.jpg

参考のため、ハレの楽器屋さん
 Wolfram Ries www.ries-geigenbau.de

リースさん、リースしてくれてありがとう!(あ、ダジャレ多すぎ?)
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# by takashikaketa | 2006-03-23 02:27 | Diario 記録 | Comments(6)

ハプニング

先月末、楽器のケースをあけたら、コマがころころ、、、と落ちてきました。弦もばらばらばら、と4本揺れていました。アジャスターのネジもぼろぼろと落ちてきました。こ、こ、これは、と思ったら、テールピースをとめているテールガットが切れていたのです。
(弦楽器の仕組みを知らない人はなんだかわからないと思いますが、要するに壊れた。)

それは私の持つ2台の楽器のうちモダン楽器のほうで、その先日のリハ中にピシッと異音がしたとき、ピピピとスピリチュアルな波動を楽器から感じていたので、それほど驚きませんでした。本番中でなかったのが、なによりの幸いです。そう頻繁ではないですが、楽器にまつわるハプニングに遭遇することはそれほど驚くべきことではありません。
先日のガエタノとの演奏会ではチェンバロのつめが折れたために、後半の1曲目のあと10分ほど急遽中断。調律の佐藤さんは、こんなことは20年に一回くらいだ、と言ってました。去年のローマでのコンサート中は、ヴァイオリンの弦が切れました。(ガット弦は切れやすいと言いますが、本番中切れることはそうありません。)
なぜかそういうときは客席から拍手が起こります。

本番中のハプニングは予測できないものですが、去年の夏に驚くべき事態に遭遇してしまったことがありました。(某所ではすでに書いたことですが)

8月後半に10日間ほど、中部ドイツ(テューリンゲン地方)を1人のドイツ人(リコーダー奏者)と3人の日本人(ヴァイオリン、チェロ、チェンバロ)でコンサートをして周るプロジェクトがありました。ヴァイオリンの松永綾子氏は、ヴィオラを持って、まずイタリアでの仕事を終えてからドイツ・ツアーに途中合流するために、ヴァイオリンを渡邊孝と私に託していくことになっていた。2台の楽器を持って、飛行機(格安)に乗ることは危険だからです。彼女は、冗談交じりに「忘れないように、紙に”持っていくもの ヴァイオリン”と書いて壁に貼っておいてよ」というので、こちらも冗談で

持って行くもの ヴァイオリン

という大きく書いた紙を一番目立つ壁に貼っておきました。
そういうわけで、綾子氏はヴィオラとともに先にイタリアはシチリアへ。
残された2人+ドイツ人のアンドレアスは、アムステルダムから数日後に出発。
しかし、出発の日、渡邊孝と私は見事に寝坊。迎えにきたアンドレアスの呼び鈴で目覚め、大変な勢いでパッキングを済ませ、チェンバロを車に乗せ、一路ドイツに向ったのです。

アムステルダムからドイツへの道のりは車で10時間くらいだったでしょうか?
無事ゴータという町に到着、アットホーム(良く言えば)なペンションで休息をとった次の日はコンサートのある町に移動するまでの間、余裕の観光。至極順調なコンサートツアーのように思えた、その日の正午近くでした。
突然、渡邊孝の動きがピタっ!と止まった。

渡邊「か、か、か、か~けさ~~~~~ん」
私「え、なに?」
渡邊「た、た、大変なことに今、気がついたよ~~~」
私「え、、、なに!!!!????」
渡邊「ヴァイオリンをアムスに忘れてきたよ!!!!!!
私「え”え”え”~~~~~~~~!!!!!!!」

そう、私たちは

持って行くもの ヴァイオリン

という張り紙もむなしく、ヴァイオリンを数百キロ離れた遠いアムステルダムの家に忘れてきたのだ!

どうするタカシx2!どうするアンドレアス!どうするんだ~~~~!

<続く>
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# by takashikaketa | 2006-03-21 00:58 | Diario 記録 | Comments(2)

チェリスト 懸田貴嗣の備忘録


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